横林ブルーベリー園 横林さん
―「諫早の地に本当にブルーベリーは育つのだろうか」―
そんな後ろ向きの気持ちがなかったわけではない。
しかし、諫早の地に青々と実るブルーベリーを見たかった。それだけだった。
横林ブルーベリー園の横林和徳さんは小長井町で2000年にブルーベリーの栽培を始めた。
2005年には「横林ブルーベリー観光農園」を開園した。
もともと農業高校の教員をしていた彼は長年、「定年後はブルーベリー農園を開く」という夢があり定年前から時間を見つけて農場整備に当たっていた。
皮を剥かず手軽に食べられるので収穫をしながらその場で味わってほしい。
そんな思いから農薬完全不使用にこだわった。
現在、70aの敷地面積に30種類以上、1000本のブルーベリーを栽培しているがそこにたどり着くまでは決して平坦な道ではなかった。
もともと寒さに強いが、暑さには弱いブルーベリー。
アメリカやオーストラリアなどが代表的な生産地とされていて日本で販売されるのは主にアメリカ産のブルーベリーだ。
日本では年間平均気温が14度前後の山梨県や長野県が主な産地となっている。
しかし、彼の畑がある諫早市小長井町は年間平均16.9度。
比較的温暖な地であり一般的には栽培は難しいとされている。
こんな場所で実際に成長するのか―
農業の知識は十分であったが、保証はなかった。
それでも、退職金をつぎ込みこの「横林ブルーベリー農園」を作った。
彼を奮い立たせたのは、ブルーベリー園を持ちたいという 大学時代からの「夢」だった
温かい地でも栽培できる品種を選定し、うまく成長した木に接木をしながら地道に本数を増やしていった。
木が病気になり、泣く泣く破棄したこともあった。
その度に「夢」を思い出し己を奮い立たせた。
そして現在―
毎年7月になると、青紫色の宝石のようなブルーベリーがたわわに実る。
「あきらめずに育ててよかった」
過去を振り返りかすかに目を潤ませる。
さらに2013年には
寒い地域でしか育たないとされる「チャンドラ」という品種の栽培に成功。
150種類あるブルーベリーの品種の中でも特大サイズである。
物珍しさから収穫時期になると東京から訪れる人もいるという。
ブルーベリーの話をしているときの彼は、失礼を承知で言えば「無邪気」という言葉がしっくりくる。
「これはティフブルーという品種でね、小さかけど甘みの強かとさね、まぁ食べてみんね!」
彼の言葉のおかげで果実の甘みはさらに増す。
そんな彼を献身的に支えてきたのが奥さんだ。
彼女もまた公務員を定年退職する前に夫の夢に乗っかった。
「本当に主人はブルーベリーが好きなんですよ」
その笑顔から二人の深い絆がうかがえる。
奥さんは栽培を手伝う傍らジャムを作り販売している。
「味見してみんね」と差し出す手づくりジャムは絶品だ。
農薬不使用、さらに食品添加物も使用していないという素材そのものの甘さである。
「ゆくゆくは県外各地からたくさんの人にブルーベリーの収穫を体験しに来て欲しい」
それが、立派なブルーベリー園を築いた彼の願い。
そしてこう続けた。
「なんでブルーベリーかって言うとね、木自体の背が低いから小学生でも摘んでそのまま食べられるんだよ」
そう言って微笑む彼の顔は太陽をたくさん浴びたブルーベリーの果実のようにキラキラと輝いていた。